5月
2009

ニセ札はどう処理されるのか

本日、20元の偽札をつかまされてしまいました。
どこで自分の手に入ってきたのか特定できませんが、ここ数日の間に100元札で何か物を買って、そのおつりに紛れていたのだと思います。
本日、ある商店で買い物をしたときに、受け取りを拒否されたので、おそるおそる「もしかして偽札なの?」と聞いたら、「たぶんね」と言われました。
もっとも「たぶんね」というだけでは、疑わしいだけで本当かどうかわからなかったので、偽札判定器をもっている別のところで何食わぬ顔をして出してみました。
そしたら、やはり「別の紙幣と変えて」と要求されました。
気になるので「これ、どういう問題があるの?」と聞いてみたら、偽札だとははっきり言わないものの「機械通らないし、色とか変だし、たぶん、問題あるわ」とのこと。
しゃーないので、中国銀行へ持って行って判断してもらったら、やはり偽札でした。
当然、法律に基づき没収であります(^^;あーあ、ついてないなぁ。
没収にあたり、書類を書かされて、「鑑定に異議がある場合は云々」との決まり文句をお兄さんが読み上げ…
中国銀行のお兄さんは、最後にニセ札の見分け方のレクチャーをしてくれました。

まず、色。
色があせている感じはやばい。でも保管が悪くて本当に色がおかしいものもあるので一概には言えないよねぇ。
偽札は透かしの技術があまいというか、細かくない。
毛沢東の肩のあたりを触ると、本物はでこぼこ感がきちんとするが、偽札はつるつる。
真ん中にキンキラキンの銀色の線が入っているのが本物で、ニセ札にはそれがない(でも、古いお札だとそれはがれていたり擦り切れていたりするんだけど…)

あまり汚らしいお札でおつりをもらうと、変えてくれって言うようにしているので、あまり偽札にお目にかかったことがないのですが、今回は気がつきませんでした。

中国に長年住んでいるのに、あまいな~自分。
でも、没収されるって分かっているから、実際に銀行に持ち込む人はもしかすると少ないのかもしれない・・・

4月
2009

個人情報保護に対する意識

先日、笛子の先生が笛の運指表をその場で手書きしてわたくしにくださいました。
その際、先生は自分のファイルから適当に要らない印刷済の紙の裏を使用されたのですが、その紙の裏は楽譜でした(何の曲か不明、自分が作曲したものではないと思われる)。
平日はレコード会社にお勤めだと聞いているので、持ち歩いている使用済印刷紙が楽譜だというのは納得です。
自分の場合、持ち歩いている要らない紙の裏には何が印刷されているのかといえば、法律の条文やニュースレターの下書き、もしくは自分の校正原稿といったところでしょうか(弁護士のリーガルオピニオンが印刷されたものの裏を再度印刷使用して校正などをすることもありますが、外に持ち出すことはありません。これらは当然後で裁断します。)
うちの旦那さんの場合、何かメモをしているとその裏はだいたい学校の事務的なお知らせのような紙だったりします。

さて、前置きはこれくらいにして、何がいいたいかと申しますと、経費節約のために、このいらなくなった印刷済の紙の裏を再度利用する場合、当然のことながら、注意が必要だと思うのです。

今、日本では個人情報保護に関してはかなり敏感ですが、中国の場合、一部の人は敏感ですが全体としてそれほど敏感ではないという気がいたします。

なぜなら…

<その1>
学生時代、聴講生として取得した一般教養単位を入学後に認めてくれると聞いていたのに、昨年自分が取得したはずの単位が成績表に反映されておらず、話が違うよと教務課に問い合わせに行ったところ、「報告書に載っていなかったので仕方がない。昨年から聴講生としての身分があって、本当に試験もきちんと受けていて合格点だったというのなら、担当の先生の所に行って、もう一度、報告書をもらってきてちょうだい」とおっしゃる。
そこで担当の先生の所にいったところ、昨年の試験の結果などが書かれた報告書類を出してきて、「これで証明できると思うから、これを教務課にもっていきなさい」と親切におっしゃってくださったのはいいが…そこには他人の試験点数やその他の情報がきっちり書き込まれていた(^^;
きっと、わたくしの試験点数とかも、どこかで誰かが見ているだろう。

<その2>
やはり学生時代、研究所で先生方と話していて、何のメモだったか忘れたけれども、先生から要らない紙の裏に書かれたメモをいただいて、家に帰ってから裏を見たら別の先生の昇級審査関係書類だったことがある…わたくしは某先生のいろいろな情報を知ってしまった(^^;

<その3>
一時期、某法律事務所を短期間だけ手伝ったときのこと(いまの所属事務所ではない)。
お客様が振込先口座名の英語名を教えてくださいとおっしゃり、若い職員がプリントアウトしたものを後でわたくしに持ってきました。
お客様がお帰りになる寸前の出来事で、わたくしはよく見ずにそのまま、さっと手渡したところ、「げ、裏に何か書いてある…」ということを発見。
あわてて、返していただき読んでみたところ…一般的な法律規定について書かれているような部分だったものの、報告書の一部だという感じがして血の気が引いた…
お客様は「僕、中国語ほとんど分からないから平気ですよ~」なんて穏やかにおっっしゃってくださいましたが、その笑顔の裏で呆れていたに違いません。
その若い従業員は後に、ある職員の人事関係書類を紛失したため、「お前、法律事務所のスタッフに向いてないよ」と弁護士に叱られ、その他もろもろの理由でクビになりました。

日本ですとちょっと考えられない。
米国なら訴訟沙汰?

以前、某日本企業の中国子会社設立をお手伝いした時に、当然、董事長、総経理等を担当される方の個人情報書類を見ることになるわけですが、書類には各人にパスワードがかかっており、通常の書類はすべて関係者にCCしていたのに、その書類だけは取りまとめ担当者と弁護士だけのやりとりで、パスワードもわたくしには送信されませんでした。もっとも、わたくしは実際に弁護士のお手伝いをして書類を作成・確認するので、当然すべての情報を知ることになるわけですが、日本企業は敏感ですね。

さて、中国にはまだ「個人情報法保護法」という特別な法律はありません。
個々の法律において、情報保護に必要な規定が設けられている状態です。
法律は社会を映す鏡というか、環境に左右されるものだと思うんですよね。
将来、どんな立法が登場するのでしょうね。
タイトルを見て、法律速報を期待されていた方、いたらごめんなさい。

4月
2009

読書について

「読書法」に関する書籍は、今も昔もよく見かけますね。
本書は、「読書法」のヒントを「ハック」という言葉を用いて「アウトプット」のための読書を提案しています。

まぁ、わたくしもわたくしの友人たちも、よく本を読む人ばかりで、本が苦手だという人がいないので、全然参考にならない部分もたくさんあります…
自分の図書コーナーをもつとかの提案なんかは、友人たちは図書室や書斎をとっくの昔に持っているので、この点、全然、参考にならないでしょう…
ちなみに夫は研究室に本をほとんど置いているので、家にある本はほとんどわたくしのものです。
しかしながら、わたくしの本もほとんど中国にあるので、完全帰国の際にはどこにしまったらいいのか、考えると怖いです。

READING HACKS!

ところで、本論からははずれますが、本にのめりこむためのハックで「集中力」について言及していました。
漫画家の浦沢直樹さんは、ネームを書くときにすぐに集中できるといい、脳科学者の茂木健一郎さんもパソコンの電源をONにするとすぐにお仕事モードになれるそうで、筆者もここで受験勉強のときに、6時間も勉強したのに30分くらいにしか感じなかったとの経験を語っています。
筆者はこのときは若くて欲がなかったので、意識的にこれを技術として考えることを忘れちゃった、もったいないことをした、今もいろいろ模索中だと語っています。

う~ん、集中力に関して言えば、わたくしも集中力に関して言えばものすごいんで、あえて技術として身につけようとか、苦労した経験はありません。
もちろん、不得意な仕事をいやいやしている場合は、周囲の音がきちんと聞こえていますが、そうでない場合、人が近づいてきても気付かないことが多々あります。
電話がなっていることに気付かない場合もあります(^^;
「どうして電話にでないのよ」と問い詰められたことがあります。
電車で寝ていて乗り過ごしたことはありませんが、本を読んでいて降りる駅を忘れた経験は多々あります。
すぐに集中モードに入れない人は、集中のための儀式といいますか、集中スイッチといいますか、つまりXXすると、「さあやるぞ」となるようなしくみを確立すればいいわけで、この際のXXの種類を増やせばすぐに集中できるようになるわけだというようなことがハックとして提案されております。

わたくしがどこでも集中できるのは、単に学習環境に恵まれてこなかったってこともあるでしょうか。
大学入試のための勉強は、通勤時間の電車の中でしました。
大学入学後、期末試験中は、半日休暇をもらって喫茶店へ行き、そこでケーキセットを頼んで、夜の講義に間に合うように復讐するのですが、当然、店内は普通の人の普通の雑談が飛び交っています。

ところで筆者は、脳のくせとして、視覚と聴覚を同時に処理できるかという実験をして、情報のインとアウトに関する自分の脳のくせ、についても語っております。

視覚と聴覚の同時処理は、聖徳太子ではない普通の人には無理です。
講演を聴きながら本を読むのは、普通は不可能です。
両方、訳が分からなくなるか、どっちかに集中せざるをえないでしょう。
音楽を聴きながら本を読むのは、歌詞のないもので、ある程度、音量を落とせば、効果的に本が読めると筆者は語っております。

わたくしの場合、音を聴きながら物を書くのは問題ありません。
途中で何も聞こえなくなるからです(^^;
(両方、できるわけではない・・・)
しかしながら、メロディを口ずさんだり、歌いながら、論文を書いていることはあるそうです。
その場合、耳慣れた歌を考えずに歌っているだけなので、本人は歌っている自覚がほとんどありません。
あくまで、集中力は字を書く方に向かっております。

あぁ、どうしたら、そういう鈍感な体質になれるのか書けたら、このブログも意味があるような気がしますが、残念ながら、コツみたいなものはないような気がします。

あ、ちなみにこの本にはいろいろな章があるので、全部自分のスタイルに活かせるかどうかは別として、他人の、特にビジネスに活かす本の読み方を知るという意味でとても面白かったと思います。

4月
2009

整体に行ってきました

もともと仕事をし過ぎると肩というか背中がひどく傷むので、いちどマッサージを受けてみようかと思い、中医の整体師さんのもとを訪ねてみました。

骨を矯正するときに、ばきばきいうのには驚きました。
なんつーか、整体師のお兄さんに抱きしめられ、めっちゃ驚いた(胸椎の矯正ですよ)
そもそも、人より図体が大きいので、人からぎゅっとされることがないので免疫なかったりして。
どきどき。

あ、若い女の子がわたくしに飛びついてくることはあるけど、普通の女の子はわたくしよりも数倍も小さいので抱きしめられているという感じはしないし、旦那さんに対しては、わたくしが背中から抱きしめてあげることはあるけど。

3月
2009

新人類との会話(誤解篇)

先日、わたくしの部屋で弁護士、秘書の女の子とあるクライアントの話題で盛り上がっていたところ、20代の女性S弁護士が「XXさんって処女…って聞いたんですがそういうイメージじゃないですよね云々」と発言。
わたくしは、一瞬「へ?」と思ったものの、最近の女の子は真昼間からなんてこと言うんだいと思いながら聞き流したら、30代前半のG弁護士が「あ~びっくりした。いきなり何を言うかと思ったら、あんたの喋り方が悪い~」とおっしゃる。

つまりこういうことです。
「XXさんはおとめ座だって聞いたんだけど、そういうイメージじゃないですよね」
中国語では乙女座は「処女座」といいます。
「処女」と「座」の間に妙な間が空き過ぎて、その場にいた人は一瞬「へ?」と思いつつ、新人類は何てこと言うんだいと思ったものの、後の話をよく聞いていたら、誤解が解けたってな訳です。
ちなみに、3人が誤解をしましたので(日本人1人、中国人2人)、わたくしの聴力の問題ではなく本当にそう聞こえたんです。
でも、彼女ならそう言ったのかもと思わせる原因は、もしかすると、彼女だけが「80後」だったからなのかもしれません。

中国の流行語で「80後」とは、1980年代以降に生まれた若者のことをいいます。
2002年ころからメディアに登場し始めたらしいですが、今では流行語と化しているのはご存じのとおり。
世間はこの世代を「責任感が無い」「自分勝手」な新人類と位置付けているようです。
ま、いつの時代にも「若者は変~」って言われるものですがね。
気の毒な若者たち…
ちなみにわたくしは70年代生まれです(^^;

3月
2009

ブルーベリー味のぽてち

中国ではへんてこりんな味のポテトチップスが売られています。
夏のレモン味はいいとして・・・
きゅうり味とか(^^; でも、これが結構美味しかったりします。

マンゴー味とかライチ味というのも存在します(これは何だか不思議な味よ)

で、ブルーベリー味ってどうなのよ…何だかやばそうな気がするけど、つい買ってしまいました。
ブルーベリー味のぽてちの画像

3月
2009

中国の学術書の表現は面白い

最近は、めっきり専門書を始めから終りまで通読するということがなくなりました。
調べたいときに、調べたい所をぱっと見て終わり…
別にそれでも通常の仕事上、何ら困ることはありませんが、これでは研究者失格だわなと思い、日頃、あまり見ない「はじめに」という部分を読んで、著者の先生の法律に対する熱い思いをおすそ分けしていただきました。

そこでふと思ったのですが、日本の先生は超真面目というか、一般人が日常あまり使わない言葉をよく使うんですよね。
うっかり、わたくしも翻訳でそういう言葉を使うとチェッカーがその言葉を知らなくて誤訳とされることもあったりして。
あと、カタカナも多いなぁ…訳しきれない言葉は全部、そのままカタカナにしてしまう日本人って何か協調性ありすぎですね。

それに比べて、中国の先生はユニーク…というか故事成語がお好き。
由緒正しい故事成語でなくとも、俗にいう四字熟語や、自分で語呂のよい韻を踏んだスローガンみたいな章タイトルをお付けになったりもする(こういうのは本当に訳しようがなくて苦労する…)

例えば、所有権と知的財産権の違いを説明する場合、日本人だと

情報は公共財的性格を有しており、その最大の特徴は、消費の排他性がないという点にある(消費の排他性、非競合性)。つまり同じ情報を複数の者が同時に使用し得る(重畳的使用可能性)。
中山信弘著「著作権法」有斐閣、2007年10月、18頁

とのように真面目な言い回しが普通に延々続くのですが、中国の先生によると

知的財産権の権利者は「貨許三家」(訳注:一つの貨物について三人と約束する)又は「一女両嫁」(訳注:一人の女性が一生のうちに何度も嫁ぐこと)となってもかまわない。不動産一棟の所有者は売出時に、それぞれ独立した二人の買主に売ることはできない。
鄭成思著「知的財産法論」第三版、法律出版社2003年10月、64頁。

とのような説明がお好きだったりして。
しかしながら、前者の日中訳も後者の中日訳も妙訳は困難なのではないかと思ったりするのでした。
何でも訳したがるのは職業病(^^?

3月
2009

人脈術

レバレッジ人脈術

人脈に関する本を聴きました。
感想を一言で言うなら、「反省」しました…
「人脈」とは誰を知っているかではなく、どれだけの人に自分が知られているかということだそうです。
勝間和代氏の本でもよく出てきますが、「教えて」ではなく、自分が他人に対して何を与えることができるが、どういうことで相手に貢献できるかってことなんですよね。

それは、フツーの人間にとって、非常に難しいことだと思います。
自分が分けてあげられるものを持っていないのなら、アプローチする時期ではないわけです。
最近、自分は兄弟子や先生に「教えて」っていうことが多すぎて、反省しました。

それと、わたくしは、わたくしによくしてくれる人の前では喋りすぎてしまうのですが、これも反省。
自分が相手に貢献しつつ、しゃべる時は自分が10で相手が90くらいのつもりでいろって難しいですよ。
そういえば、大学の先生の中には、学生(わたくし)にたくさん喋らせて、大幅に軌道を外したときだけ口をはさんで、自分ではあまり何もおっしゃらないのに、最終的にはたくさんわたくしにインスピレーションをくださるという人もいますが、おそるべしです。

それから、いつもわたくしの助長なメールを読んでくださる友人には感謝しております。
要件以外につい余談を書いてしまう悪い癖。
長いメールは、相手の返信の負担になりますよね。

わたくしの周囲の方、今まで我慢してくださってありがとうございます、反省、反省、反省の一冊でした。

3月
2009

蔵書印

書店から買ってきた本を家に持ち帰らずに職場の机の上に置いておく場合、行方不明にならないようにハンコを押しておく癖がいつの間にかついておりました。
職場で参考にする日本語の書籍は全部、自腹なので、貸すのはいいけど、ちゃんと帰ってきてね、という意思表示の意味で、名前を書くのが面倒くさかったため、適当に作った安物の四角いハンコを代用していたのですが、これってよくよく考えてみると「蔵書印」の役割を果たしていたのですね。

蔵書印は、書物の所蔵を明らかにするために蔵書に捺した印影です。中国で早くに発生し、それが日本に伝わってきたとされています。しかし、日本最古の蔵書印は奈良時代にまで遡ることができますが、いつ、どのように伝わったかは明らかでありません。ともあれ、以来、江戸時代中期までは社寺や特権階層の者など、極めて限られた人々しか使用することはありませんでした。ところが書物が一般に流通するようになると、学者や文人の蔵書家が出現し、趣向を凝らした多種多様な蔵書印が考案され、用いられるようになりました。
国立国会図書館「蔵書印の世界」より
http://www.ndl.go.jp/zoshoin/zousyo/zousyoin.html

わたくしが所有する本は大学の先生方に比べたら多くはありませんが、やっぱり本は失くしたくないですからね。
印影は「有里之印」で、誰でも読める楷書体で書かれておりますので、何だか笑える印影です。
日本では使い道のなさそうな四角いガラス製の2センチ×2センチのハンコだったりします(財務角印くらいにはなる?)

しかし、世の中にはいろいろ凝った蔵書印があるのですね。
「XX文庫」とか「XX図書」、「XX蔵書」という文字とともに、楽譜なら楽器の絵が隣に彫ってあったり、草花の飾り文字で彫ってあったり…
凝った蔵書印を彫ってくれる業者さんていうのもネットで検索するといっぱいいるんですね。
今度、機会があれば中国語名、游鯉で蔵書印を制作してみたいものです。

3月
2009

朽ち果てた裕陵…

昨日、明の十三陵、つまり明の皇帝13人の陵墓が点在しているこの地域に遊びにいってきました。

有名な定陵(地下宮殿が有名ですね)や長陵の中は観光しませんでしたが、15世紀そのままの姿で朽ち果て、今に残っている裕陵や茂陵(非公開)を横目にハイキングをしてきました。
これは、噂によれば、あと数ヶ月で改修される計画なので、この姿を見ることができるのはあとわずからしいです。

十三陵

正直、わたくしはもう何年も北京にいるのに、明の十三陵に行ったことがなかったのです(^^;