中国社会科学院の鄭成思先生がお亡くなりになられて、はや三周忌、それに便乗した(?)研究会が先日行われたことは先日書きました。
内容はもう書くのが面倒くさいので、別の話題にシフトしまして、鄭先生と言えば思い出すことについて、書いてみたいと思います。
師曰く「知的財産法研究に必要なのは科学と外国語の知識」
確かに、思い当たりますよね。
法律の研究なのだから、法律を勉強しなければならないのは当たり前ですが、保護対象についての知識がないとキツイなぁとよく思います。
それから外国語の知識も大事。
学者は本当に翻訳にうるさいですよね。
世の中には公定訳も含めて本当に奇怪(誤りといっていいんじゃないというほどの深刻な問題もあったりする)な訳文がまかり通っているので、この点、いつも適当に翻訳するなとおっしゃっていたような気がします。
この点はわたくしの中国法の先生、浅井敦教授もそうでした。
翻訳って評価低い「作業」だけど、実は大変な「研究」だと思います。
ですから、ある意味、先生の影響を受けた兄弟子の翻訳は、ある種の特徴(こだわりともいう?)があるので、名前を見なくても、兄弟子が訳したのかなと分かります(^^;
鄭先生はイギリス留学をされているので、流暢に英語を話されるイメージが強く、わたくしなんぞは入学したての頃は「頭のいい人はペラペラ喋れていいわね~、学者の頭とワシら庶民の頭は違うもんね」と先生=エイリアンのように思っていたのですが、先生も普通の人と同じように、ものすごい努力家かなんだなということがある日分かりました。
それは、鄭先生がいかに英語を勉強したのかという昔話を読んだ時。
1979年のある日、鄭先生は法学研究所研究員の外国留学の機会に際して、英語の筆記試験及び面接を受けていました。試験委員の米国人法学博士は、基本的に鄭先生が面接でお話になった英語に満足しておられ、鄭先生も「試験はパスしたぞ」と内心思ったそうですが、帰り際に米国人法学博士が一言、鄭先生に試験に関係ないことをお尋ねになりました。
「なぜ、あなたの英語は米国で100年前に流行していた英語表現なの?」
答えは簡単でして、鄭先生はマーク・トウェインの「トム・ソーヤーの冒険」の影響を大いにうけていたからです。
これには時代背景の説明を要しますね。
わたくしたちが、「英語ができない、つまらない」と思って、パーパーバックや童話を読んで英語を勉強するのとはわけが違います。
1960年代後半から1970年代前半、時は文化大革命、洋書なんて手に入るご時世ではありません。
1970年3月、鄭先生は「再教育」を受けている時、ある石墨鉱山で労働に従事しておりました。
そのとき、英国から輸入された設備の説明書の翻訳を任されました。
周りの大学生でなんとか英語が使い物になりそうなのが鄭先生だけだったのでそのような仕事が回ってきたのだそうです。
身体の余り丈夫でない鄭先生は、「今後、いつも翻訳を任せてもらえるようになれば、重労働しなくていいかも」という考えが浮かびました。
でも、鄭先生の当時の英語レベルはいまいち。
そこで、なんとか英語のレベルアップをはかろうと、お父様のご友人(英語がめっちゃ上手)から英語の本を借りました。
それが、マーク・トウェインの「トム・ソーヤーの冒険」英語版だったわけです。
(文革中、魯迅は攻撃を受けなかった数少ない文学家でありまして、魯迅はマーク・トウェインを高く評価していたので、マーク・トウェインの小説を利用して英語を勉強しても〔封建主义〕〔资本主义〕〔修正主义〕の嫌疑はかけられまい、ということだったそうです。
借物ですから、当然、返さなくてはならない。
そこで、全部、手書きで写したそうです。
そしたら、あら不思議、なんかいっぱい単語を覚えちゃったし、慣用句が身に着いてしまったというではありませんか。
その後、これはいい本だと思っていた鄭先生は、仕事仲間にも読ませたくなりまして、「よっしゃ、私が英語から中国語に訳して皆にすすめよう!」と思ったそうです。
それで、自分でえっちらおっちら訳しました。
その後、鄭先生は図書館員から「それ、50年代に中国語訳がすでに出ているよ」と聞かされ、あらま、びっくり。
その図書館員は、60年代の焚書の際に、ひそかにその訳書を隠し持っていたそうで、鄭先生にプレゼントしてくれました。
そこで、鄭先生「私の訳と彼の訳、どこが違う?」と見比べたそうです。
そんなわけで、そういう恵まれない時代に必死に勉強したおかげで、鄭先生の英語はどんどんレベルアップしていったそうです。
ですから、鄭先生は、学生に要求する外国語のレベルは、かなり、厳しいものがあります。
「私は天賦の才能があるわけじゃないし、天才でもない。ただ必死にやっただけだ」
と学生や同僚におっしゃっています。
わたくしは、鄭先生は「賢すぎてバカの気持ちが分からないのでは?」と思っていましたが、この物語を読んで「賢くて努力家だから、楽な方に流れたがるただの怠け者には、同情の余地なし」なんだなぁと思いました。
鄭先生が留学試験の面接の日に、面接官(米国人法学博士)に「マーク・トウェインの「トム・ソーヤーの冒険」で英語を独学しました」と告白した後、その博士はこう忠告しました。
「現代の言葉は変化しているから、同じように努力して現代英語を補いなさいね」
鄭先生はこの教えをちゃんと守りましたっていうところが、凡人と先生の違いなんだろうね。
鄭先生は、英語でも何本か論文を発表しておられます。
師曰く「マーク・トウェインの文章スタイルの影響を完全に抜け出すことはできないけど、使用しているのは明らかにマーク・トウェイン時代の言葉じゃないよ」
う~ん。
自分の怠け癖を反省する今日この頃。
参考:鄭成思:「一本必须归还的『汤姆历险记』」http://www.iolaw.org.cn/showArticle.asp?id=183