3月
2009

情緒的な日本語、論理的な中国語

昨夜、武吉次朗著「日中中日翻訳必携」、日本僑報社、2007年を読みました。

コピーは「翻訳の達人が軽妙に明かすノウハウ」というものです。
なるほど、確かにそうだよね、ということがいっぱい書いてありました。
中国語がある程度できる方は読んでみると納得できることが多いと思います。

わたくしの翻訳は、客観的に見て「硬い」です。自分でもよく知っております。
もっとも、弁護士の意見書や論文の翻訳がメインなのですから、それでいいと思っておりますが。
でも、その気になれば、一般文書も、ラブレターも、ライトノベルも書けますよ(^^;

せっかくなので、書籍の内容を一部紹介しましょう。

<情緒的な日本語、論理的な中国語>
「携帯電話の使用はお控えください」
これは「お願い」なのか、「要求」なのか、ある人が私鉄会社に尋ねたところ、「禁止することです」との答えだった由。以前、中国の列車に乗った時、「厳禁…」が10くらい並んだ規定が目の前に貼ってあり、見ただけでクラクラした。日本の映画館に入ると、スクリーンの横には「禁煙」と書いてあるが、アナウンスは「たばこはご遠慮ください」

中国語なら当然、お控え、ご遠慮などとは言いませんね、「やめろ」と言いますヾ(^^;

「あなた、お茶が入りました」
金田一春彦氏はこれを、「なんと美しい言葉であるか」と絶賛する。

いや~原節子さんとかが出てきそうな台詞ですな。
他の言語だったら、誰が何をしたかを明確にしないと文章になりませんが、日本語は便利なことにお茶が勝手に入ってくれちゃうわけです(^^;
恩着せがましくない日本文化らしい表現です。
ちなみに日本では夫がよくコーヒーを淹れてくれますが、確かに彼も「コーヒーができたよ」と言います(^^)

「電話が少し遠いようですが・・・」
初めてこれを聞いた中国人は、たいてい面食らう。相手の声が小さくて聞き取りにくいのを、日本人は電話機のせいにするのだから。

もちろん、わたくしが中国語で中国人に言うときは「よく聞こえないので、もう少し大きな声でお願いします」とはっきり言いますね。ただ、携帯電話等は本当に電波が悪いときがあるので「電波がよくないので聞こえなかった」とは言いますが。

ちなみに、わたくしは中国語の論文を書くときは、日本語の下書を書くことは絶対にありません。
そのままストレートに中国語で書き始めます。
日々の考え事も、仮想の読者や聴衆が中国人であれば中国語で思考しております。
ですから、中国語で話すときのわたくしはハッキリした性格になります。
わたくしはXXと思う、大多数の者がXXと思っていると言わざるを得ないからです。
XXであろう、XXだと思われるなどという、何だか事柄が勝手に発生したような、誰が言っているのか主体が不明確な言い方ができないからですね。

1月
2009

人民法院案例選

1年前のお正月に書いた原稿が「人民法院案例選」最高人民法院中国応用法学研究所編、人民法院出版社に収録されていたようで、先日、最高人民法院応用法学研究所に勤める姐弟子が送ってきてくださいました。
人民法院案例選

内容は日本の判例とは何ぞやから始まって、判例のリサーチ方法の説明なので、日本の法学部生なら誰でも知ってるよね、ってな他愛もない文章なのですが、できる限り中国人のWHYに答えようと試みたという点で工夫したつもりです。
「日本は成文法の国で、判例法の国じゃないのに、なぜ、判例に拘束力がある(ように見える)のよ?」なんていう素朴な疑問に答えてみようかなという意図で書きました。
しかし、これも深くつきつめれば、それこそ本が一冊書けるような大問題なので、わたくしのようなヒヨッコが先人の研究のエッセンスを引用して簡単に説明するのは大変でした。

中国にも判例によく似た「案例」なるものが存在し、便宜上「判例」と訳しますが、厳格に訳そうとすれば困りますね。
日本のような小さな国で、しかも、人と異なった行動をとることにひどく恐れる日本人社会では、似たような事件に似たような判断が下され続けて慣習法が形成されるのに何ら不思議なことはありませんが、これが中国ともなると都市と田舎、北と南、西部と沿岸部、漢民族とXX族で考えが異なるなんて当たり前ですから、日本のような判例が形成されるということは理解しがたいのかもしれません。

わたくしはこれまで日本の法学部出身者にとって当たり前すぎることを中国語で書く機会をいただくたびに、中国語のできる賢い弁護士がこんなにたくさんいるのに、なぜ自分に話をふってくれるのかよくわかりませんでした。もちろん、わたくしはエリート学者、公務員、弁護士と違って比較的書く時間があるし、大層な報酬を請求したりしないし、自分のポリシーに反する内容でなければ喜んで原稿を書くからというのも大きな理由でしょうが、最近思うに、たぶん、通常の日本人又は中国人は、日本か中国のどちらかだけで学士、修士、博士を連続して取得する人が多いのに対して、わたくしは普通に日本の法学部で日本の法律を勉強して、修士課程は日本で中国の法律を勉強して、最終的に博士課程は中国で中国人の先生や学生相手に、中国法の土俵で勝負しても勝ち目がないので、日本法はこうなっているんですということを外国法と対比させながら説明してきたため、中国人は日本のここが、日本人は中国のここが変だと思うツボみたいなもんが、なんとなく分かるからではないかという気もします。
ある意味、奇怪な経歴(短所)は、最大の強み(長所)でもあるということなのでしょうか。

ところで、この解説文の著者名を「荻原有里」とミスプリントされてしまいました。
申し訳ないと思った姐弟子は、人民法院の便せんを使用して、荻原有里は萩原有里の誤りですとの証明書を添えてくださいました。
中国人は「萩(はぎ)」という漢字を一般的には知りません。100%「荻(おぎ)」だと勘違いします。日本人の知人にですら「おぎわらさん」と呼ばれることがあるので「ありさんと呼んでくれ」と言っています。
人によってはどっちだったか自信がなくなるのであえて名前で呼んでくれる人もいます。
有里は「ゆり」ではなく「あり」と読まなければならない厄介な名前なので、困りものなのですが。
知人の中にはわたくしを「ゆり」または「ゆうり」だと思っている人が少なからずいます。
珍しい例では「ゆか」さんだと勘違いしたまま、本気でそう呼びかけ続けてくださった人もいるのですが、きっと前の彼女が「有加」さんとか「有香」さんだったのでしょうね。
パスポートがARIなので今さら、自己の都合で読み変えられないしなぁ。
もっとも自分の名前がある程度認識されれば、誰も校正ミスをしないわけで、そうなるまで頑張り続けるしかないのでしょうね~(笑)

12月
2008

日系企業中国人スタッフ知的財産権研修会

2008年はわたくしにとって「はじめて」のことばかりで、あっという間にすぎてしまったような気がします。
この2008年度、最後の大仕事が「日系企業中国人スタッフ知的財産権研修会」のセミナー講師でした。
しかも、「中国語」で話してくれとの要請です。
題して「日常業務において注意すべき著作権問題」
実は、中国語で講義をするのは初めてでした。
これまでに長く中国語で専門の話をしたのは博士論文の口頭試問くらいでしょうか。

数週間前まで、計算の苦手なわたくしは90分(大学のひとコマくらい)の持ち時間だと勘違いしていて、最近になって、仲のいい弁護士が企画書を見て、「これ持ち時間は75分だよ」と教えてくれました(汗)。

JETRO主催のこのセミナーは、もともと、わたくしの職場である北京天達律師事務所の弁護士に打診してきたものなのですが、あいにく弁護士は忙しくパートナー弁護士が「テーマが著作権だし、参加者は中国人の若いスタッフだから、あなたに向いているかも。いい機会だからやってみない?」とふってくださった有難いお仕事であります。

当初、JETROからいただいた企画書には50名以内の参加者、7割くらいは日本語も分かるスタッフだよと聞いていたのですが、当日は参加者が90余名にもなっていました…
実際、日本語のわかる参加者が何人いらっしゃったのか存じませんが、わたくしが使用する言語はいずれにせよ中国語にはかわりありません。

最終的には開き直って「自分は弁護士じゃないんだし、自分は会社員ではないけど、ある組織の一従業員として、むしろ皆さんとあまり変わらない立場で仕事をしていますよ、そんなわたくしが、ぶつかる著作権問題って、結構、皆さんと同じじゃないでしょうかね」というスタンスでしゃべりました。

やはり残念なのは母語じゃないので、つい、原稿を見てしまうのですよ…
PPTだけを見ながら、アドリブなんかも言える講師に憧れます。
うちのパートナーのZ弁護士なら、母語ではない日本語でもすらすら喋り、セミナーの一つや二つこなします。
そうなれるのはいつのことやら。

思ったより質問が出てきてビックリしました。
やはり、皆、職務著作に興味津津のようです。
日本人より転職が激しいですから、そこらへんをきっちりさせて、新しい職場でも前の著作物を使えるといいなと思うのでしょうね。
実務だとかなり判断が難しいケースもあるので、そういう場合、やはり最初にきちんと契約書をみておく必要があるのでしょうね。

また、著作物の修正についての質問は、本当に深く考える価値のある問題です。
著作権を譲り受けても、著作者人格権は人格権ですから譲りようがありません。
いくら譲渡契約と修正権の許諾契約書で、ある程度の修正等を認める許諾を得ていても、実際、原作の本質を覆すような修正をしたらやはり争いになると思いますので、そこらへん、著作権問題って非常に複雑で、聴衆もそこらへん、気になるらしく、そういう答えに窮する質問されるんですよねぇ。

「いい質問ですね」って思わず言ってしまいました。

特に具体的な事例に関する質問になると、実務はやはり、わたくしは弁護士ではないし、版権局の職員でもないので、一緒に来てくれた弊所のG弁護士にちょっと助けてもらいました。

もっと中国語も専門も勉強しないとなぁ、と来年への決意を新たにしました。
次はもっと聴衆を楽しませてあげないとね。
そのためには、やはり母語レベルの中国語が必要でしょうね(がんばれ>自分、です。)

セミナーの写真

12月
2008

専門違いの友人

昨日、中国社会科学院でお世話になった中国人の友人に会いました。
彼女は日中比較文学専攻者です。

わたくしが社会科学院を受験する際に、修士論文を中国語に訳してもらうのを手伝ってもらったり、初期の論文は彼女に文法チェックをしてもらいました。逆に彼女が日本で講演をした際には、わたくしが中国語の原稿を信じられないようなスピードで日本語にしてあげたという仲です。
そのため、後日その講演集には翻訳者としてわたくしのの名前があがっていて、専門が全然違うので何か変な感じです。
もっとばらすと、そのときの公演のテーマ自体は、文学の範疇ではあるものの、彼女の研究とは離れていたのですが、チャンスは断るわけにはいかぬということで、彼女も必死に勉強したというものでありました。

そういえば、夫の友人S先生もかなり大昔、オーバードクターして無職だった頃、間の抜けた某出版社の編集氏が某分野の専門家である某先生に原稿を依頼すべきところ、誤って同姓同名のS先生に依頼してしまい、法律の範疇ではあるものの、全然違う分野の法律論文を執筆したという経験をお持ちです。(他分野でも書けるというのもすごいですが、誤りにしろ、来た仕事は逃がしてたまるかという根性がすごいです。)

その彼女の博士論文がやっと出版できたというので、頂戴いたしました。
蒋春紅著「日本近世国学思想」
途中で編集者がお亡くなりになったり、ご自身が妊娠出産を経て、ずーっと先延ばしになっていたそうです。
彼女は現在、対外経済貿易大学で先生をしておられます。

ぜ~んぜんたいした協力をしていないのですが(日本の大学の図書館くらいしか所蔵していない資料を自分の資料をさがすついでにコピーをとってあげたぐらいですか…)、後記にわたくしの名前まであったりして、義理堅いなぁと思いました。お名前が挙がっている他の方は皆文学専攻者ですからね(^^;
文学と法律文書の翻訳は性質的に異なり、文学の場合は表現の幅に制約があまりありませんから、それはそれで楽しいのですが。

彼女のお子さんを久しぶりに見て、子どもの成長は早いねぇと思いました。
前に会った時は生後1ヵ月だったから、正直、可愛いのかどうか分からなかったけど、1歳少しの今は喋れるし、歩けるし、愛きょうがあって可愛かったです。

日本よりはマシですが、中国でもやはり女学生が研究職を得るのは不利なことが多く、ついでに言うと学位とる前に結婚しておかないと、同級生同士のカップルを除き、普通は高学歴女性は嫌がられたりするので結構、婚活に苦労するらしいですが、彼女の場合、旦那さんは別に研究者ではないし、教職を得た後、ちゃっかり子どもも授かって、努力した上できちんとチャンスも逃がさずに、すべてを手に入れていくしっかりした女性だと思います。

あぁ、真似できない…

12月
2008

訳書の居場所

さきほど、友人からわたくしの訳書を見つけたよとのメールをいただいたのですが、法律のコーナではなく、韓国と台湾の歴史の本の間に挟まっていた模様。
わざわざ見つけてくれた友人に感謝。

しかし、いちおう法律の本なんだけどな…
自分だったら、訳書をこっそり外国法か知財法のコーナーに移してくるかも。

これを版元のA氏が知ったら、どう思うかな(^^;
場所はどこであれ、売れればまだ救われるような気も。

11月
2008

玉石と法律

長文、漢字コードに注意です。
携帯からだと文字化けする可能性もあります。
そして、日頃のわたくしからは想像つかないくらい真剣なので、つまんないかもしれません。
いちおう、これがわたくしの信条なので書いておこうかと。
もしこれが新聞等の投稿記事だったら、匿名でこてんぱんに苛められそうな気がする。

以下はわたくしが中国語で原文を作成して中国人に修正してもらいました。その後自分で日本語に翻訳したものです(日本語で原文を作ってから中国語に翻訳すると語彙の貧困さから両者が感覚的に一致してくれません)だから、いわゆる字面的にはこの翻訳はニュアンスが違うじゃん、っていう箇所があるかもしれませんが、どっちも本人が書いていて、本人の思考パターンでは同じなので大目に見てください。

玉石與法律


萩原有里
2008年11月23日完成

最近買了一隻淺灰青色的翡翠手鐲,明知價值不高,但仍然非常喜歡,不是作為寶石帶著,而是象徵對於初衷的堅持。
最近、淡い灰青色の翡翠の腕輪を買いました。価値はあまり高くないことを承知の上で買ったのですが、とても気に入っています。そもそも宝石として身に付けているわけではなく、初志を忘れないための象徴として身につけているからです。

玉石(Jade)可分「硬玉(Jadeite)」和「軟玉(Nephrite)」,除了在中國,軟玉並沒有經濟上的價值。目前硬玉的主要產地為緬甸,日本也有少許出產,但中國大陸則是完全不產硬玉。十九世紀之後,中國國內買賣的硬玉,都是從緬甸進口而加工的。古代中國的玉器,基本是軟玉。雖然國際上被認定為有價值的「翡翠」就是綠色或者紫色的硬玉,但是在中國,屬於軟玉的和田羊脂玉卻比硬玉貴,質量絕佳的白玉以我的年收入也買不起。很難理解為何日本人偏偏追求綠色硬玉,將硬玉稱為「本翡翠」,即真正的翡翠的意思,甚至有人還把軟玉稱為「假翡翠」。
玉(Jade)はご存じのとおり、硬玉(Jadeite)と軟玉(Nephrite)に分類され、軟玉は中国を除いては経済的な価値はないといわれています。現在、硬玉の主要産地はミャンマーであり、日本でもわずかに産出されますが、中国大陸では産出せず、19世紀以降、中国国内で売買される硬玉は、ほぼミャンマーから輸入され加工されたものだそうです。古代中国の玉器は基本的に軟玉です。国際的に価値があると認められている「翡翠」は緑色又は紫色の硬玉ですが、中国においては軟玉に分類されるホータンの羊脂玉は硬玉よりも高価で、品質の優れた白玉(はくぎょく)はわたくしの年収を投じても手に入れることは不可能です。理解しがたいのは、どうして日本人は緑色の硬玉に執着するのかということです。硬玉を「本翡翠」と呼び(つまり本当の「翡翠」の意)、軟玉を翡翠の偽物呼ばわりする人さえいます。

一位日本玉石收藏愛好者,從來沒有接觸過羊脂玉,他一直認為中國人所說的羊脂玉是白色翡翠,他在紐約找「mutton fat jade(羊脂玉)」時,大家都說「沒有聽說過這種翡翠」,他覺得奇怪,這麼有價的翡翠為何大家不認識,最後去紐約的高級寶石店向老闆請教,老闆冷淡地說「你到底要甚麼? 你明白自己所說的意思嗎?」,接下來老闆给他很大的打擊的一句是「這裡只有最高級的寶石,在紐約沒有人要這樣的廢物!」(參照山川倫央:私家版礦物記「軟玉故事」http://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/column/jade1fr.html)。雖然羊脂玉是寶貴的玉石,但世界上不少人跟紐約的寶石店老闆一樣,單純地認為「硬玉(Jadeite)是高檔玉石,軟玉(Nephrite)是便宜玉石」,這只是以供應數量和西方美感為準的說法,跟玉石本身的美感毫無關係。實際上,十九世紀以前的中國,硬玉只不過是美麗的石頭,而軟玉不僅是美麗,也是具備「德」的特別玉石。例如和氏璧落入趙惠文王手中,秦昭襄王聞訊,表示願用十五座城池進行交換。古代中國對於軟玉中羊脂玉那樣的白玉特別珍惜,因為產地只限定於和田。到了十九世紀,將硬玉列入了玉石的一種。在滿族統治下的清朝末期,西太后很愛硬玉,硬玉也就在中國國內流行了。雖然唐代人已經認識硬玉的存在,但當時的評估為「不算是真正的玉」,跟現代評估正好相反。
ある日本の玉石愛好家は羊脂玉に触れたことがなく、彼はずっと中国人のいう羊脂玉は「白い翡翠」だと思っていました。ある日、彼はニューヨークで「mutton fat jade(羊脂玉)」を探したのですが、誰もそのような翡翠は聞いたこともないというので、なぜあんなに価値のある翡翠のことを誰も知らないのか不思議に思っていました。そこでニューヨークの高級宝石店の店主に教えを請いに行ったところ、思いがけず冷淡にこう言われました。
「何がほしいって?君は、意味がわかっていて言っているのか。」
そして、店主のとどめの一言はこうでした。
「ここには最高の品質のものしか置いていない。だいたいニューヨークでそんなクズものを欲しがるお客はいない!」
(参照:山川倫央:私家版礦鉱物記「軟玉の話1」http://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/column/jade1fr.html)
羊脂玉は貴重な玉石なのですが、世界にはニューヨークの宝石店の店主と同様に単純に「硬玉(Jadeite)は高級玉石,軟玉(Nephrite)はクズ石」と思っている方が少なからずいます。これは単に供給量と西洋の美観を基準にしたらそうなったというだけのことであり、玉石そのものの美観とは何ら関係のないことであります。実際、19世紀以前の中国では、硬玉は単に美しいだけの石ころで、軟玉は美しいだけでなく「徳」を備えた特別な石だったのです。例えば、趙の恵文王は、かつて稀代の名玉といわれた和氏の璧を手に入れ、秦の昭王は、十五の城と和氏の壁を交換しようと申し出たと言い伝えられています。古代中国では軟玉のうちでも羊脂玉のような白玉は特に珍重され、その産地もホータンに限られていました。19世に入って硬玉も玉石の一つに加えられるようになりましたが、これは満州族が統治する清朝末期、西太后が翡翠をこよなく愛し、中国国内でも流行したためです。唐代にすでに硬玉の存在は知られていましたが、当時の評価は「真の玉にあらず」とのことで現代の評価と全く正反対でした。

人們對於法律的概念,與對於玉石的認知差不多。法律本身並沒有絕對的價值,隨著社會的發展會變化,更重要的是,我們並沒有義務以歐美為準。自己研究領域為智慧財產法,但這是最後學歷上的分類,我在日本的中國法研究室出身,簡單地說,是屬於跟法理或者比較法較接近的研究領域,即在大家了解的中國法的基礎上,繼續作進一步的研究,例如我導師研究的領域是憲法,師兄弟姐妹的研究領域為民法、行政法、法社會學、古代中國法制史等較廣泛,以中國法學的名可以整理之外,互相沒有直接的聯繫,實際上我導師常說,「沒有一個研究生跟導師一模一樣,真是有趣」。因為我的母校有特色,法學系正式的課程中有一門「中國法」。我是二十歲初次接觸中國法,知道這是跟西方法學不一樣的另一個世界。一般法學系的人只能學沿襲自歐美法的日本現代法律,很多研究生是以第二外國語來選修德語而作歐美法的研究。從事日本刑法研究的老師也曾問過我,「我們跟美國或者德國學習的目的是,參考歐美法律,研究是否可將先進的法律規定納入日本,以便對日本的發展做出貢獻。妳所做的中國法的研究,學習落後的東西,對日本有何意義?」。其實,在日本學中國法律的人不少,但都是為了打官司、合營公司的經營等一些商業上的需要,我能夠理解很多日本人質疑在學術上作中國法研究的意義何在。
人々の法律に対する概念も玉石に対するものと同様であると思います。法律そのものに絶対的な価値はなく、社会の発展にともない変化します。また覚えておきたいのは、わたくし達は欧米の基準に合わせなくてはならない義務を必然的に負っているわけではないということです。わたくしの研究領域は知的財産法ですが、これは最終学歴上の分類に過ぎず、日本では中国法研究室に所属していました。簡単に言えば、基礎法学とか比較法という領域に分類されることが多く、つまり中国法をある程度理解した上で、それぞれ研究を掘り下げるというもので、例えば、わたくしの指導教官は憲法を専門にし、学生はそれぞれ民法、行政法、法社会学、古代中国法制史等を専門にしているというように研究領域は極めて広範囲に及び、中国法学という名の下でひとくくりにできることを除けば、相互に直接的な関係はありません。実際、指導教官もよく「誰ひとりとして自分とまったく同じに成長した学生はいなくて、実に面白いね」と言っていました。わたくしの母校はちょっと変わっていて、法学部の正式課程の中に中国法という講義がありました。わたくしは20歳のときに初めて中国法に触れ、西側の法学とは異なる別世界があることを知りました。通常、法学部生は欧米を踏襲した日本の現代法学を学び、多くの院生が第二外国語としてドイツ語を選択し、欧米法を研究します。日本の刑法研究に従事する教授にこう尋ねられたことがあります。
「我々が米国やドイツに学ぶ目的は欧米の法律を研究して、先進的な法規定を日本に持ち込めるかどうかであり、日本の発展に貢献することにあると思う。あなたのやっている中国法の研究ですが、遅れたものを勉強してどのような意義があるというのでしょうか?」
実際、日本で中国法を学ぶ人は少なくありません。しかし、それは訴訟や合弁会社の経営等ビジネス上の必要性からです。多くの日本人が学術的に中国法の研究を行う意義はどこにあるのかと疑問を抱くであろうことはよく存じています。

日本位於亞洲,立法歷史最早從中國律令制度學習,但適用範圍和實際效果沒那麼大。1868年明治政府建立以前,依據各個地方習慣法或者固有規範進行審理。明治政府之後,除了國家特別法令以外,一般性糾紛仍然按照以前的方式來進行審理。根據1875年太政官佈告103號,「如果沒有法律和習慣法的,應當依據條理進行審理」。當時日本比歐美法律制度落後,日本根本沒有歐美的法律概念,儘管沒有平台,還是納入外國法律要素,結果沒有始終如一。例如日本最早是19世紀初已經開始準備完善「民法典」,1890年頒布了法國式民法的試行法案,可是等不到1893年的正式實施,就陷入無限期延期狀態,原因在於保守的日本人不能接受先進的法國民法,法學界發生了「民法典論爭」。日本廢止法國式民法典之後,重新起草民法,1895年頒布了受德國影響的民法。法國理論和德國理論直到今天,仍在日本民事法中引起內在的邏輯矛盾。
日本はアジアに位置し、立法の歴史として早くは中国の律令制から学びました。しかし、その適用範囲や実際の効果はさほど高くなかったようです。1868年の明治政府の成立前、各地の地方慣習法又は固有の規範によって裁判が行われていました。明治以降、国家の特別法を除き、一般の裁判は従前の方法により審議され、1875年の太政官103号により「法律、慣習法がない場合、条理に基づき審議する」と公布されました。当時の日本は欧米の法律制度に比べて遅れており、日本には欧米式の法律概念が根本的に存在していないのにもかかわらず、土台のないところに外国法の要素を取り入れようとしたのですから、一貫性に欠けました。日本は早くは19世紀初頭に「民法典」の完成に着手し、1890年にフランス式の民法草案を公布したのですが、1893年の正式施行を待たずして無期延期状態に陥り「民法典論争」が繰り広げられました。原因の一つとして、保守的な日本人は先進的なフランスの民法を受け入れ難かったことが挙げられています。日本はフランス式の民法典を放棄した後、新たに民法典を起草し、1895年にドイツの影響を受けた民法を公布しました。フランスの理論とドイツの理論は今日も日本の民事法に内在的なロジック矛盾を引き起こしているといわれています。

由於日本是亞洲發展較早的國家,而且因為二次世界大戰之後,美國曾占領日本,日本受美國的影響較大,例如著作權法中可以看到英美法、法國和德國的要素混在一起,每個條文的來源很複雜。由於地緣的關係,台灣受日本法的影響很深,中國大陸也研究日本法,包括日本法的錯誤做法。法律本身會發生後來居上的效果,因為後來的人可以仔細研究先例的好壞。有些日本人認為日本是歐美國家的得意門生,在法律規範上學得歐美法律的精髓,其他亞洲國家則學得不好,這其實是很大的誤解。法律本身沒有應該如何的模式,每個國家都會根據自己的國情,為體現本國的理想而制定法律,並沒有唯一準確的答案,正如同紫陽花在鹼性土壤和酸性土壤上,分別會開出不同顏色的花,將某個法學概念進入不同地區,結果也會有所不同。
日本はアジアの中でも比較的早期に発展した国であり、第二次世界大戦後、米国の統治下に置かれたことから、米国が日本に与えた影響も大変大きいものがあります。例えば、著作権法には英米法、フランス、ドイツの要素が混在し、各条項の起源も複雑です。地理的な関係により、台湾は日本の影響を大きく受け、中国大陸も日本法を研究しています。これには日本の誤った選択も含まれます。法律そのものは、後から来た者が追い越すという事態が生じ得ます。なぜなら、後から来た者の方が詳細に先例の良し悪しを検討することができるからです。日本人のなかには、日本は欧米の優秀な学生であると考え、法規範的には欧米法の精髄を学び取り、その他のアジア諸国は劣っていると感じている人もいるようですが、これは大きな誤解だと思います。法律そのものには、こうあるべきだというモデルは存在しません。各国は自国の国情に合わせて、自国国民の理想を実現するために法律を制定すればよいわけで、ここに唯一無二の正解があるわけではありません。例えば、アジサイがアルカリ性の土壌と酸性の土壌では異なった色の花を咲かせるように、ある法学概念が異なった地区に入ってくる場合、結果もまた異なることでしょう。

學習一門學問,雖然老師的典範很重要,但也不能忘記師兄弟姐妹,觀察師兄弟姐妹才會發現自己的優點和缺點,而往往是入門徒弟會跟老師一樣厲害。每個國家的法律不同,執法情況不同,這些要素並不代表絕對的優劣價值,我的研究價值就在這裡。我不在乎我的手鐲倒底是硬玉還是軟玉,根據價格來判斷的話,確有兩種可能,但只要我喜歡並適合我即可。
ある学問を修める場合、師匠を模範とすることは大事ですが、兄弟弟子の存在も忘れてはなりません。兄弟弟子を観察することで自己の長所と短所を発見することができます。また、往々にして弟子は師匠と同様に優れているものです。各国の法律は異なり、エンフォースメント状況も異なりますが、これらの要素は絶対的な優劣価値を示すものではありません。ここにわたくしの研究価値があると思っています。ですから、わたくしは自分の腕輪が硬玉であるか軟玉であるかにあまり関心がありません。価格からしてどちらの可能性もあるわけですが、わたくし好みで、わたくしに似合っていれば、それでよいのです。

11月
2008

図書館への寄贈

出版者は本を発行すると、最良かつ完全な状態の出版物を法定の部数分だけ国立国会図書館に納入しなければならないそうです(国立国会図書館法第24条、第25条参照)

日本だと国立国会図書館に納入又は寄贈することになります。
納入する本は必ずしも商業出版物に限られないため、自費出版とかだと個人が寄贈することもありますが、商業出版だと日本の場合、ほとんど事務的に取次から送ることになっているようです。個人の寄贈だと「受け取りました。ありがとうございました」というお礼状みたいなものが送られてくるようです(あくまで未確認情報なのでどういうものなのかは、ご自身でお調べください)。

わたくしの訳書は取次が国立国会図書館に送ったものと思われますので、わたくしの手元に何ら書簡はございません。

で、台湾はどうかといえば…
台湾図書館法によれば、台湾で発行された作品は国家図書館に寄贈しなければならないとのことです。

先般、わたくしが翻訳した「台湾著作権法逐条解説」は台湾で発行されたものではないため、原則として寄贈する必要はありませんが、先日、原作者の章先生が国家図書館で会議があったので、国家図書館の館長に自ら寄贈してきたそうです。

そしたら、お礼状をいただきました。
章先生のご許可をいただいたので公開しちゃいます(台湾の公文書なので章先生のご許可さえいただければ、わたくしが翻訳してネットで公開しても大丈夫)
国家図書館お礼状

謹啓
このたびご寄贈いただいた書籍を拝領いたしました。
貴殿より賜った書籍は登録を経てすみやかに目録を作成し、公衆の閲覧に供するために収蔵いたしました。
このようなご高誼に預かりましたことにつき心より感謝の意を表すため、ここに謹んでお礼申し上げます。
謹白
章忠信専門員 殿
国家図書館

というようなことが書いてあるのですが、本当はものすごい文語調で雅な表現であるため、わたくしごときには美しい日本の古典文学のように翻訳することができません(^^;
雰囲気的には、かなり仰々しいと感じる方もいるかもしれません…
そういう雰囲気、伝えられないなぁ…残念。

10月
2008

漢字の罠

中国人とのコミュニケーションで日本人が陥りやすい罠の一つに「同じ漢字を使っていることの安心感」があると思います。

例えば、商談でAということで合意したつもりで、きちんと覚書を作成して双方が署名までしたのに、次のステップで提示された契約草案の内容はAとは程遠い内容だった、とかいうことが現実にあります。

つまり、交渉時にはお互いに見解が一致していたはずだと思うのですが、中国法上の専門用語を知らなかった故に、中国語・日本語でそれぞれ作成された覚書にはA(日本語の漢字そのままの表現)に合意すると中国語と日本語で書かれていても、別の中国人が見たら、どうとでも取れる曖昧な内容でしかなかったという可能性が考えられます。

意地悪な考え方をすれば、相手方はもしかするとそのことに気づいていたけど、自己に有利なように黙っていた可能性もあります。

「中国語と日本語の解釈に相違がある場合、XX語を基準とする」としておけばよかったのでしょう。

ちなみに「日本語版と中国語版は完全に一致し、同等の効力を有する」とした文書で、法的には意味が全然違うよ、という文書を見たこともあります(訳者もチェッカーも中国語と日本語を知っていても法律を知らなかったのでしょう)。

確かに中国語ができない人でも中国の新聞を読んだらおおよその意味は分かるし、筆談で簡単なコミュニケーションはとれるので、漢字は便利ではありますが意味がいつも同じとは限らないし、中国人は同じアジア人で見た目も似ているので、日本人と同じようなモノの考え方をするような錯覚に陥ってしまうのでしょうね。

わたくしが個人的に思うには、中国の場合、個人的なつながりがあってよほど信用できる相手でない限り、口頭の約束は後で証明のしようがないので、結局は約束していないことと同じなのですよね。
紙に動かぬ証拠を残さなかった自分が悪い(^^;
逆によほど信用できる相手であれば、紙に書いてあることとは関係なしに、後でどうとでもなるような気がします。

中国人は欧米人と同じくらい違うと思っておいた方が、誤解は少ないのでしょうね。

10月
2008

韓国ドラマ

ドラマを観賞しながら語学を勉強する人は多いのではないかと思います。

中国には韓国ものがたくさんあふれています(日本のドラマのDVDも多いですが、ほぼ海賊版でしょうね)
韓国ドラマは結構、テレビで放送されているので、たま~に見ます。
わたくしは日本では韓国ドラマを観ません。
訳者や吹替の方には申し訳ないのですが、どうしても日本語で聴くと不自然な感じがするんですよね。
かといって韓国語は全く分からないし…
その点、中国語はわたくしにとっては全くの外国語なので違和感がないのです(おそらく中国人にいわせれば、不自然なのだと思います)。

先日、夜に「浪漫満屋」(中国名)というタイトルの韓国ドラマが再放送されていました。
日本語では「フルハウス」というタイトルで何年か前に放送されたものです。
あらすじはまだウェブで公開されているみたい。http://www.ntv.co.jp/fullhouse/
ストーリーが少女漫画っぽいノリだなとずっと思っていたら、やはり少女漫画が原作だというようなことが誰かのブログで紹介されていました。

歴史ロマンとか、頭のかた~いドラマは勉強になるし、一石二鳥ということもあり好きなのですが、単純なラブコメも、それはそれでリラックスできて精神衛生上いいなぁと思いました。
理屈抜きで笑い転げるのは気持ちいい。

いちおう、単に笑い転げているだけではもったいないので、観ながら台詞を中国語で追いかけたり、日本語に訳したりしてみますけどね。

でも、おちゃらけた語彙が増えても仕事に使えないなぁ。

わたくしが年下の弁護士に日本の若者言葉をうっかり使ったら、そういう言葉に限って、うちの先生も喜んで覚えちゃうんだよね~(もちろんクライアントに対して使用する機会がないので残念って言ってます)

10月
2008

英語と漢字の共通点?

これまでずっと英語はアルファベットの組み合わせによる表音文字なので、漢字とはずいぶん違って全然面白くないと思っていました。

ところがどっこい、漢字のような意味性があるんですってね。
英語の得意な方は「そんな当たり前のことを今頃知ったのかよ」とお思いになるのでしょうね(^^;

albatrossは「あほうどり」という意味です。alpsは「アルプス山脈」、alubumは「(写真を整理する)アルバム」のことですね。

これらに共通するイメージは「白」です。実は、alb-、alp-というスペルが「白」を表していて、ネイティブはその音からすぐにそうしたイメージを抱きます。

alb-、alp-の語源は、albus(白)というラテン語です。私が勝手に語源に漢字を当てはめると、「albatross」(大白鳥)、「alps」(白山)、「alubum」(白頁)になります。

(松澤喜好著「単語耳」アスキー・メディアワークス 2007年 27頁)

ふーん。そこまでイメージが膨らめば、英語もきっと面白いんだね…

中学生の頃は英語が好きでも嫌いでもありませんでした。テストの結果はいつも75点とか80点とか、良くも悪くもない領域。

高校生の頃、実はわたくしは進学校を出ていないので、英語をほとんど勉強していません。そもそもカリキュラムが違うのですから、リーディングみたいな教科書をちょこっと読んだらお終い、誰もグラマーとかそんな難しいことを教えてくれません。

高校を卒業して初めての就職した時は、英語なんて全然必要なかったので、全く勉強しませんでした。
まっとうな英語教育を受けていないということが長い間コンプレックスになっていて、大卒の子の前では英語を絶対に話しませんでしたね。

その後、周囲のほとんどが大卒者ばかりという職場環境で、自分が高卒ではろくな待遇を得られないんだという当り前のことに気づいて、大学へ行こうと思いましたが、当時、若過ぎて社会人入試にも該当しないわたくしは、あくまで普通入試を受験するしかなく、国語や世界史は常識で何とかなっても英語はどうしようもないので、適当に書店で予備校の参考書を買って独学しました。

結局成績の足をひっぱる英語は、合格ラインすれすれで合格したものの…英語の勉強ってそもそもどうやったらいいのか全然わからぬまま。

大学時代は第一外を中国語、第二外を英語にすることで、切り抜けました。
その後の院試はすべて中国語で通過してきました。
ご存じのとおり、院試というのは英語以外の外国語で受験したほうが圧倒的に有利です。
英語は皆できて当たり前なので、足を切るために分量を多くして訳しきれずに時間切れにさせるというパターンが多いのではないでしょうか。

その後、当たり前ですが論文書くためには、英語ができないとまずいです。いくら自分の研究対象が中国とはいえども、世界のスタンダードが英米法なわけですから。

仕方がないので、夫を拝み倒して、日曜日に英日翻訳したものを添削してもらいました。
ほんと、今から思えばアホな妻に付き合って、よく無償で教えてくださったと思います(感謝)。
でも、相変わらず、英語って実に面倒くさいという感覚は消えませんでした。

英語とは見ただけでは分からない何と不合理な言語なんだと思い続け…外国にしばらく行ってみれば多少はこの「いやな感じ」を払拭できるのでは、とか思ったけど、米国に数か月行く機会があったものの、全然、この「いやな感じ」は消えませんでした。

もちろん、喋らなければ暮らせませんから、文法が誤っていても必要最小限において適当に喋りましたが全然進歩しませんでしたね。

今の職場も皆外国語を話して訳せてなんぼという環境で仕事をするので、誰もが英語、日本語、中国語又はその他の言語のうち2種類以上はビジネスレベルで使用できる人しかおりません。
ますます、わたくしのコンプレックスは募るばかり…

で、先日、ふと書店で目にした本を立ち読みし、何となく引かれたのでそのまま購入したら、上記の文章に出会ったというわけです。

語学の習得って、王道はないんですよね。
基本に立ち返って、地道に反復練習するしかないのですが、いかに反復練習するに際して、自分で面白おかしくする工夫をして、努力し続けられる仕組みづくりをするかなのかな~と思います。

小手先の「数週間で学べるXX」とか「ゼロから始めるXX」みたいなタイトルの語学書とは違って、基本中の基本を説いて、基礎固めには1,2年はかかると当たり前のことを書いてある本を久しぶりに読んで、更に「なあるほど」と思った次第でありました。